対談:「植物病理学は明日の君を願う」作者 竹良実先生(後編)
(一部漫画のネタバレを含みますのでご注意ください)
2024年9月、日本植物病理学会は、ビッグコミックスピリッツ(小学館)で「植物病理学は明日の君を願う」を連載中の竹良実先生に感謝状を贈呈しました。賞状の贈呈に続いて学会役員・委員との対談を行いましたので、その模様を2回に分けて掲載します。
(藤川) 晝間先生は監修という立場ですけど、どのように関わられているんですか?
(晝間) 監修はサイエンスや研究の現場等の描写について間違っていそうなところとか、ずれていそうなところを指摘することに集中しています。とてもよく調べられているので、原稿を見せていただくときにはもうあまり突っ込みどころがないことが多いです。できる限り客観的に見ることを心掛けているので、本当はもう少し純粋に楽しみたいという気持ちもあります。ただ、様々な段階の案を見させてもらっているのですが、単行本として出来上がるまで新たな気づきが続き、励みになります。我々が研究をして論文を書くときと、表現の仕方は全然違うんですけど、共通する部分もあって勉強させてもらってもいます。
植物病理学は幅が広い学問で、僕はどっちかというと分子基盤が好きで、ずっとやってきたので、どうしても視野が狭くなりがちで。今まであまり圃場の話などはリアリティがなかったのですが、この漫画が研究の筋道とかルーツを勉強する上ですごくためになっています。
(藤川) 植物病理学会は個人正会員が1300人くらいいて、皆さん分野が違うと共通の話題がない場合もあるのですが、この漫画を読んでいる人は多いので、お酒の席などの話のネタになりますよね。あれLAMP*1だよねとか、そういうコミュニケーションツールになるっていうのは面白いなって最近感じます。
(山内副編集長) 光栄です。
(竹良先生) 私自身もそうですし、一般の読者さんにとっても、現場での話の方がイメージが湧きやすいので、そちらが中心ではあるんですけど、基礎的な研究の面白さもいつか描いてみたいなと思います。難しそうですが、晝間先生のお力をお借りしてチャレンジできたらと。
(染谷) 植物病理学について漫画にしてくださるのは本当にありがたいです。今どこの分野でもどんどん人が減ってきて、植物病理学会の会員数も減少傾向なんです。ですから、この漫画をきっかけに若者がこの分野に興味を持つことになり、あわよくば学会に入っていただけると嬉しいです。学会は研究者だけではなくて、興味を持った人、目的に賛同した方は誰でも入れるので。年齢制限もないので、小学生でも入れます。
(山内副編集長) えっ、そうなんですか?
(染谷) 会費さえ払ってくれれば。
(一同笑)
(編注:学部生会員年会費1000円から。詳しくは→入会・各種手続き)
(藤川) 一般の方にもどんどん入ってほしいのですが、今まで専門家ばっかりだったので、(一般向けの)魅力的なコンテンツが少ないという自覚はあります。もっと植物病理学、そして植物病理学会に興味を持ってもらうために、広報委員会としてこれから活動していく予定です。
(石橋) 学会の定款に、「本会は植物病理学の進歩と普及を図ることを目的とする」と書いてあって、進歩の方は我々研究者なので日々の研究が進歩に繋がることなんですけど、普及の方は今までおろそかになっていた部分があります。それで、我々が100年かかってできなかったこと(編注:日本植物病理学会は1916年設立)を竹良先生にはやって頂けているので、学会としても普及にももっと力を入れないといけないよねということで、新たに広報委員会を立ち上げて、最近ホームページも刷新したんです。
(山内副編集長) すごくワクワクするジャンルですよね。未来に確実に役に立つことですし。
農家さんがどんどんいなくなられると、日本の自給率はどうなるんだろう、どうやって私たちの子供世代は暮らしていくんだろうということも考えます。メロン農家さんに取材でお邪魔した時、365日お休みがなくて旅行も行かれないと伺い、こんな思いをして作っていただいたものを私たちは日々食べているんだなってしみじみ感じました。
(藤川) 植物病理学の知見を応用することで、良い品種や防除方法の開発、減農薬などに繋げ、農業従事者の手間を減らすというのも我々の目指している目標のひとつです。
(竹良先生) 染谷さんは、生物農薬の研究をなさっているということですが、具体的にお聞かせいただけますでしょうか。
(染谷) 病原菌の増殖を抑える能力がある微生物が近くにいると、植物病原菌から植物を守ってくれるという現象があるんです。それをうまく使うことができれば減化学農薬に繋がると思って研究を進めています。ただ、強調しておきたいのは、農薬は悪者のイメージが強いと思うんですけど、日本の化学農薬は安全性を良く調べられているので、ちゃんと使えば危険性は低いですし、ないと農業は成り立たないほどです。それでも代替手段があるに越したことはない。
(竹良先生) 漫画の中でも、農薬って悪いイメージを持たれることもあるけど、必要があって生まれて、今も私たちの食を支えている、ということを描きました。それに加えてどこまでだったら使用量を減らせるかとか、代替で使えるものは何かを調べるのも植物病理学なんだなということも、この学問の魅力だと思います。今後そういうことも描けると、自然保護に興味がある人も植物病理学に興味を持ってくれるのではと最近思っています。
(染谷) 世界的に農薬の規制がどんどん厳しくなっていて、日本でも今まで使えていたものを突然やめましょうとなったときにどうするか、まだ対策が十分ではないので、農林水産省含め産学官で考えているところです。
あと、私の場合は植物病理学会だけではなくて複数の学会に入っていて、いろんな分野のことを勉強しながら自分の研究に取り組んでいます。
(山内副編集長) 学会に入っているメリットは最新情報が耳に入ってくることですか?
(染谷) もちろんそれもありますけど、仕事をする上で、いろいろな人と知り合いになれるのも大事だと思っています。
(山内副編集長) 人的ネットワークが大事なんですね。
(石橋) 学会の発表を聞いて初めて知ることももちろんありますが、どちらかというと最新情報はネットで知ることの方が多いです。それより学会では、いろいろな人と裏話をすることで得られるものがあります。
(山内副編集長) なるほど。
(染谷) 紙だけの時代には、全国の人が集まる学会は情報収集の場として非常に重要だったと思いますが、今は情報収集に苦労することはなくなってきて、学会の役割も変わってきていると思います。
(石橋) コロナの期間にオンラインで学会を何回か*2やりました。あれはあれでいい面もあるんだけれども。
(山内副編集長) その時間だけになっちゃいますもんね。大きな大会は年に1回開催されているんですか?
(晝間) 大会が年に1回、それとは別に、部会という地域ごとの会があります。関東、関西、東北などのブロックに分かれてやっています。
(一瀬) その他に、研究会・談話会という分野ごとの集まりもあって、バイオコントロールとか、バクテリア、ウイルスの研究会などもあります。
(山内副編集長) イメージとして、大学での教育・研究と、いわゆる農業現場に近い方々が分離しているのかと勝手に思っていたんですけど、皆様のご経歴などを見るとあまり関係なく、みんな一緒に植物病理学会なんですね。
(石橋) 植物病理学の性質かもしれないですね。現場に近い学問なので。
(山内副編集長) そうですね。すごく現場感があるなと思いました。
(藤川) 立場や職種では割り切れない分野ですよね。病気の種類はたくさんあるんですけど、植物の病気を扱う総合的な学会っていうのは1つしかなくて、基礎だけやっても解決しないし、現場に行っても基礎がわからないと解決しない面もあって。なかなか1人で全部こなせる人はいないので、横の繋がりが必要になるのかもしれません。
(竹良先生) ところで、植物病理学に向いているのはどんな人ですか?研究者に向いているだけでなく、特に植物病理学に必要な素養などはあるのでしょうか。
(染谷) 私が聞いたことあるのは、糸状菌の研究者は顕微鏡を見ているのが苦にならない人。バクテリアの研究者は培地を流し続ける*3のに耐えられる人。ウイルスの研究者は見えないものを信じることができる人。
(竹良先生) では、晝間先生は顕微鏡を見続けるのは苦にならないんですか。
(晝間) 何かに繋がるかどうかは別問題ですけど、苦にはならないですね。
(藤川) ただ(顕微鏡を)覗いていたくなりますよね。朝覗き始めて気づいたら夜になるっていうのはあるあるです。カビはずっと見ていられますよね。
(晝間) 綺麗なんですよ。
(藤川) 多数の付着器*4とか分生子*5とかを観察していると、「こんにちはっ」て言っている気がしてきて、菌たちが幼稚園児が集まっているみたいな感じで可愛いです。一見丸くて皆同じように見えるけど、ちょっとずつ違って。
(晝間) それがいきなり植物組織の中に入ってくときには統率感があり、ある意味怖いです。でも確かに菌たちは可愛いです。
(藤川) こう覗いて、みんながこんにちはって言っていても、その中に1人グレてるやつがいたりとか。
(晝間) そうそう形が変とか。
(藤川) 喋りかけてくる。
(藤川) 植物病理学の研究者あるあるとしては、使命感がある人が多くないですか。自分の研究の説明をするための後付けの場合もあるかもしれないけど、農業でこういうことに困っているから解決したいっていうモチベーションで研究している人は多いと思います。例えば宇宙の研究者とか物理の研究者っていうのは究極の趣味で、それもいいと思うんですけど、どうしても農学は実学で、農業が出口に見えているので、そういう使命感がある人が多くて、完全な趣味人は少ないかなって思います。
(晝間) そうかもしれないですね。多少はそういう使命感がないとやれないのかもしれない。そこまで強く意識したことはないんですけど。
(石橋) 僕自身の話をさせてもらうと、使命感とかそんなかっこいいものではなくて、生物学を志したいと高校生ぐらいの時に思った時に、動物を扱うのは嫌だったんです。高校の授業でカエルの解剖の日は学校を休んだほどです。それで、植物の研究に流されてきたんですが、色々勉強していくうちに面白くなって、やっぱりあのとき植物を選んでよかったなと思っています。
(竹良先生) 石橋さんのインタビュー、頑張れば手が届きそうなところがウイルスの魅力って、これすごく面白かったです。植物の病気の種類としてはカビが1番多いんですよね。ウイルスを研究している方はどうしてそれを選んだんだろうって思っていたので、なんかこの小さいところがいいっていうのがすごく面白かった。
(石橋) どうしても病原体なので敵というイメージがあると思うんですけど、ウイルス自身が研究対象として好きで。ウイルス好きっていうと不適切な面もあるんですけど。
(竹良先生) 研究対象を好きって、あんまり大きな声で言えないところも、植物病理学の好きなところです。
(一瀬) 病原菌のことを彼らと呼ぶ人もいます。あるあるです。
(竹良先生) やっぱり研究していると、病原体の方にも思い入れって湧くんですか?
(藤川) 研究者なので、病気は見たいんです。ただ、農家さんは困っているので、決して病気を見て喜んではいけない。
(石橋) 綺麗な病徴が出ている、みたいなね。
(藤川) 病気が綺麗なわけないだろうって怒られます。病徴が明確にあらわれていることを綺麗といってしまうのかもしれません。教科書に載っていそうな病徴や、逆に例外的な病徴を見ると、絶対写真に残しておきたいとか、持って帰りたいとかっていうのはあるんですけど、それに出会えた喜びをやっぱり口に出しちゃいけない、顔に出してもいけない。
(竹良先生) 農家の方々の力になりたいし、一方で研究者としての探求心もある。そういう人間らしいせめぎ合いは、植物病理学ならではのドラマですね。
もう1つお聞きしてもいいですか。さっき、趣味で他の学会にも入ってらっしゃるとおっしゃっていたんですけど、皆さん他に興味のある分野や趣味とかってどんなものがあるのでしょうか。隣接する分野が植物病理学って多い気がして。虫のことだったり、植物そのもののことだったりとか、栽培方法とか。
(染谷) 1番近いのは、農薬学会と応用動物昆虫学会という2つの学会があります。あと雑草学会と植物化学調節学会で、植物保護科学連合という団体を形成しています。植物を保護しようっていう大きな枠です。その他にも色々、植物生理学会ですとか、病原体の方ではウイルス学会、細菌学会、菌学会。
(藤川) 樹木医学会、線虫学会、土壌肥料学会とか、植物病理学分野に隣接する学会は多いですよね。
(染谷) いくつも入っていると、学会費がバカにならないので家計を圧迫してしまいます。
(竹良先生) でも特に、現場に近いお仕事をするときって、他の分野の知識も役に立ちそうなイメージがあります。
(染谷) あった方がいいです。特に植物のことは知っていた方がいいと思います。私は微生物全般に興味があるので土壌微生物学会とか微生物生態学会の知識も入れて、植物病理学に活かそうっていう感じでやっています。
(藤川) あとはどんどん他分野の力を借ります。例えば大学だったら、隣のラボから機械を借りるみたいに、虫の専門家に聞きに行くとかもあるし、土壌関係の研究者と一緒に現場行くとかして、病気の見方だけじゃなくて、肥料分野からの見方で調べてもらった方が解決の糸口が見つかりやすいこともあります。
植物の病気と言っても、原因がわからないものも多いです。生物学的な病気なのか、非生物的な障害なのかも。だから自分でカバーできないものは他人に頼ればいいと思っています。
(山内副編集長) 漫画のエピソードになりそうな話をたくさんお伺いできてありがたいです。いっぱい学会に入っている学会フェチみたいなキャラも作れそう。一般人の立場からすると、誰でも制限なく入れるって思ってなかったので、驚きました。
(竹良先生) そうですね。
(山内副編集長) 専門家の方しか入れないと思い込んでいたので、まさか私たちとか小学生でも入れるなんて。
(一瀬) 学会に入るきっかけは、大学生・大学院生が研究発表するときに学会に入らないといけないので、それで入るのがほとんどだと思います。その中の一部の方は関係分野に就職して、引き続き学会員として残るけれど、関係のないところに就職した学生は、普通は学会費がかかるので、そこで退会してしまいますね。
(染谷) コロナの時はかわいそうでしたね。学会で対面の研究発表をせずに卒業した学生が多分何学年かいたはずなんで。
(藤川) オンラインはゆっくり発表聞けるので勉強にはなるんですけど、交流がないのと、リアルタイムの質問のやり取りもないので。
(染谷) 反応もちょっとわからないですしね。
(晝間) モニター越しだと誰に話しているかよくわからなくて、質問が来て初めて人が聞いてくれていたんだなとか。そういう感じはしますね。
(藤川) 対面で学生がおろおろしながら発表して、それを厳しい先生が前の方で質問して、学生がたじたじになるまでが風物詩だったんですけど、今はそんなことないです。厳しい質問する人はあまりいなくて、優しいです。
(山内副編集長) 今度できれば発表を取材したいですよね。学生さんたちのお姿も拝見したいです。
(竹良先生) 高松行きたいです。(編注:令和7年度日本植物病理学会大会は香川県高松市で開催予定)
今日は貴重なお話をたくさん聞かせていただきました。
(山内副編集長) ありがとうございました。
(学会一同) いい時間になりました。今日はどうもありがとうございました。
用語説明
*1 LAMP:
遺伝子を標的とした検出法の一つで、栄研化学という企業が開発した方法。迅速・簡易・精確な遺伝子増幅法として知られており、植物の病害を診断する市販キットが多く販売されている。一般に、病害を診断する実験は設備の整った実験室が必要なのに対して本法はより現場等簡易な作業場でも扱いやすい。
*2 オンラインで学会を何回か:
日本植物病理学会大会は2021年、2022年、2023年の3回オンラインで開催された。
*3 培地を流し続ける:
培地とは微生物や植物細胞等を培養・増殖させるために人工的に作られた生育環境で、微生物や植物細胞に必須の栄養素を供給する。ここでは、いわゆるロベルト・コッホらのグループが開発した固形培地について言及されている。植物の病害の原因を特定するためには、微生物の分離や培養が不可欠であり、細菌(糸状菌も)を培養するためには、何十枚、何百枚とシャーレ(ペトリ皿)に培地をひたすら流し入れて固形培地を作り続ける必要がある。非常に地道で時間のかかる作業である。
*4 付着器:
分生子をつくる糸状菌は、分生子(後述)から発芽した菌糸を伸ばす。イネいもち病菌などいくつかの糸状菌は、植物に感染するために、分生子から発芽した菌糸の先端にドーム状の特殊な器官「付着器」を形成する。植物細胞上に形成された付着器から植物体内に侵入菌糸と呼ばれる植物感染に特化した菌糸を伸ばし植物体内に菌糸をまん延させていく。
*5 分生子:
糸状菌が無性的につくる胞子。糸状菌によって様々な形があり、種の同定等にも利用される。