植物病理学コラム:吾見之草波
- 対談:「植物病理学は明日の君を願う」作者竹良実先生(前編) 2024.11.03公開
- 対談:「植物病理学は明日の君を願う」作者竹良実先生(後編) 2024.11.03公開
此里者継而霜哉置夏野尓吾見之草波毛美知多里家利
(この里は 継ぎて霜や置く 夏の野に 我が見し草は もみちたりけり)
これは万葉集に収録されている天平勝宝4年(西暦752年)の孝謙天皇の歌(第19巻4268番歌)で、夏の野に黄葉した草を見たことを歌っています。孝謙天皇が見た植物は、実はウイルス病に罹患して黄変したヒヨドリバナであったと考えられており、これは世界最古の植物ウイルスの記録とされています。
- 井上忠男・尾崎武司(1980)植物ウイルス病に関するもっとも古い記録とみられる万葉集の歌について 日本植物病理学会報 46:49-50
- Saunders K, Bedford ID, Yahara T, Stanley J. (2003) Aetiology: The earliest recorded plant virus disease. Nature 422:831
この歌では、黄化した葉を見た孝謙天皇の驚きと感動が、本来青々とした夏の植物との言外の対比によって色鮮やかに表現されています。現代の研究者による観察も必ず罹病植物と健全植物の対比によって成立していることに気づくと、いにしえの詠み人の科学的観察眼に改めて驚かされます。
現代の植物病理学は1万種類以上の植物の病気を扱う非常に幅の広い学問です。そのため研究対象や研究への取り組み方も研究者によって実に多様ですが、驚きや発見が研究者にもたらす感情の鮮やかさには、1300年の時を超えた普遍性を見出すことができるかもしれません。
本コラムでは、日本植物病理学会で活躍中の会員にそれぞれの「我が見し草」について紹介していただきます。不定期に対談も企画しますので、ご期待ください。